2010/06/11 up
木々に埋もれた公園の中。春を通り過ぎ、青さを増した枝葉が頭上で揺れるのを感じながら、僕は君といた。僕はベンチに座り、君は立っている。顔を向かい合わせているわけではなく、けれど離れているわけでもない中途半端な距離。
きっとそれは、僕らの関係そのものだったのだ。
「……出会わなければよかったと、思ったことはあるかい?」
呟いた僕に君は答えず、風に遊ばれる髪を撫でつける。しばらしくてから、そうね、と呟いた。それがただの返事なのか、肯定なのかは分からない。あるいは、本人にも分かっていないのかもしれなかった。
僕にも答えは分からない。
いっそのこと、君と出会いなどしなければ、僕は。
「……あなたは、私を変えてしまうから」
だからこれ以上近づかないでいてほしい。変わることはおそろしいから。どうかこの距離のまま、私の心を乱さずにいて。
それは叫びだった。ざわめく木々にかき消されそうなほどのささやかな叫び声だった。
「……それができるなら、僕だってしているさ」
僕もまた、君と出会いなどしなければ、こんなにもかき乱されることなどなかったのに。
僕たちは、呆れるほどに似通っていて、不変を望み、変化を恐れるところまで、すっかり同じ存在だった。
僕らの間の沈黙を、穏やかな風が吹きすぎていく。爽やかではなく、どこか湿り気を含んだ風が。これから始まる季節を予感させるそれに、僕はわずか身をすくめた。
繰り返す変化の中を僕らは確かに生きているのに、こんなにも変化することは恐ろしい。
「……猫って、自分のテリトリーに誰かが入ってこようとしたら、毛を逆立てて威嚇するのよね」
ここから入ってくるな、って。叫んで存在を主張する。君はくるりと僕の方へ体を向けて話し出した。
「猫は、どこまでが自分の領域かはっきりしてるからね」
「人間も、できたらいいのに」
「……それは大変なことになるな。誰も生活できなくなる」
「そう?」
きっと、面白いことになるわ。笑いもせずに、君は言う。面白いか、と僕は返した。
ヒトには爪も牙もなく、だれかれ構わず叫ぶことはできやしない。だからヒトは武器をとる。物理的にも精神的にも自分のことを守るため。
あるいは僕らも、お互いに銃を突き付けあっているのかもしれない。相手の何かを奪える術をしかとこの手に握りしめ、けれど武器の威力に恐れをなして引鉄に指をかけたままでいる。
僕は君が嫌いなわけではないし、君も僕を嫌いなのだと言わないだろう。
ただ僕らは、変わりたくなどないだけなのだ。
「ああ……、けど、僕はやっぱり人間でいることにするよ」
入ってくるなと、自分の場所を乱すなと、猫のように主張をしたい君には悪いが。
僕はもう、誰かが自分の領域に入ってくることを拒むことなどできなくなってしまっているのだ。変わることは恐ろしいと言いながら、僕は君に変えられてしまっていた。
手にした銃は向けられるべき相手をどこかに見失い、そして君が銃を捨てるのを待っている。
青い春は終わってしまったのかもしれないけれど、これから始まるのは眩しい季節なのだから。
「……ひとつ、告白をしてもいいかな?」
恋は盲目。そして輝かしき変革を。
(2009年度お題作文 タイトル縛り【盲目の銃口】)