2011/02/21 up
あなたを――と、今この瞬間にわたしが言えば、あなたは笑うだろうか。笑ってくれる、だろうか。
すでに砕けているだろうこの想いを集めても、あなたに届かないことを、知っている、けれど。
*
秋になると、空は一気に淡くなる。それは例えば、空の青さだったり、雲の形だったり、そんなものに現れる。そしてそんな空を見て、わたしは時たま何かに駆られるように、思うのだ。
薄く、消えてしまいそうだ、と。
「……何を、してるんだ?」
ふいにかけられた言葉と同時に、ふ、と顔に影がかかった。さして強くもない日差しでは、逆光になることもなくその人の顔が見える。
見上げた先の、眼鏡の奥の瞳が、わずかながら怪訝そうな色を含んでいた。
「……や、秋だなあ、って」
「わざわざ道端の芝生に寝転んで?」
「……道端の芝生に寝転んでまで思うようなことじゃないって言いたげだね」
「そう聞こえたか? …………ああ、でも」
確かに、秋だ。
相手は頷きながら、ちょうど自分の右手側、夕日が沈む方に腰を下ろした。
何か言葉をかけるべきか、一瞬迷って、結局何も言わずに空を見上げる。物悲しい気分になるのは、この空のせいか、それとも何か他のもののせいか。
「……何か、悩み事でもあるなら聞くけど」
あるいは、隣にいるこの男のせいか。
「……急に何さ」
さあ、なんとなく落ち込んでるように見えたから。ふざけているのか真剣なのか、その声だけでは分からなかった。
けれど、それこそなんとなく。涼やかな風に押されるように、本気の言葉が口をついた。
「……誰かを……、好きになったことある?」
沈黙。
そしてまたしばらくの時をおいて、言ってしまったことを後悔し始めた頃に、ようやく言葉は返ってきた。
無表情な、平坦な、声が。
「……恋は、狂気なんだってさ」
何かで読んだことがある。狂いたくなんてないし、自分を捨てて狂えるほど強くもない。
だから恋なんて、と、それはほとんど聞こえない囁きで。そこから会話を続けることもできず、わたしはあいづちのような何かを呟くだけだった。
「……そっか」
狂いたくなどはないと、あなたは言う。けれど同時に仰いだその顔は、焦がれるような瞳でどこかを見つめていた。眉間にしわがよりかけ、ごまかすように視線をそらした。
薄い青が、視界に広がる。
この、切なすぎるほどの心を持て余して、ボタンをかけ違えてしまったら、それがキョウキになるのだろうか。
――ああ、薄く、消えてしまいそうだ。
光が眩しいわけでもないのに、腕で顔を覆い隠す。隣に座る存在が、わずかに身じろいだような気もするけれど、言葉が降ってくることはなかった。
それなら、この心も。恋なのだと自覚する前に砕け散ったこの心さえも、狂気なのだと言うのだろうか。
あなたに、本当に聞きたかった言葉は、自分の腕に阻まれたようにそれから出てくることはなかった。
――『恋に狂うとは言葉が重複している。
恋とはすでに狂気なのだ』
ハインリヒ・ハイネ
(2009年度お題作文 テーマ縛り【キョウキ】)